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和尚と考える終活

和尚と考える終活27:葬儀とは【2】~葬儀を出す人、出される人

和尚と考える終活27:葬儀とは【2】~葬儀を出す人、出される人

講演会や講座で、会場の皆さんに時々確認することがあります。「皆さんの耳は今、『葬儀を出す人』ですか、それとも『出される人』ですか、どっちの耳で聞いておられますか?」とね。大多数の方が、家族や、自分と関係性の深い方とのつながりをお持ちかと思います。皆さんもきっとそうですよね。そうした皆さんが、例えば自分の親が高齢であるとしたとき、その方の耳は「葬儀を出す人」として聞いておられます。でも、ご自身が高齢である場合は「葬儀を出される人」としての耳になるんです。

面白いでしょ、面白くない? いや面白いですよ。だって、若かろうが高齢であろうが、どちらの立場がいつ発生するかわからないんじゃなかったですか?人は生まれたら必ず亡くなります。そのタイミングは「不明」でしたよね。だから、葬儀のことに取り組むときは、常に両方の耳、左右の耳じゃないですよ、「葬儀を出す人、出される人」この両方の耳を持っていただきたいのであります。送り出すつもりが送り出される。有り得る話ですからね。

さて、葬儀は近年、全体的に簡素化している傾向にあります。和尚としてはありえない形ですが、「直葬(じきそう)」なる葬儀の形も存在していることは、皆さんもよくご承知のことでしょう。そんな中、終活に取り組む方の中には、「私の葬式は本当に簡素でいい、直葬でも構わない。とにかく子どもたちに負担をかけたくないんです」なんてぬかす年寄り、あっ失礼、高齢者の方がおられますが、和尚としては「何を言うとるか!」となるわけであります。それって、独善的エゴイストの考え方ではないでしょうか。

子どもに負担をかけたくない? あなたができる最後の子育てであり、その子があなたにできる最後の孝行でもある「子に葬儀を出させる」ということ。これを奪ってはいけません。

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タイトル和尚と考える終活27:葬儀とは【2】~葬儀を出す人、出される人
投稿日2021.04.16
著者 良活和尚
テーマ
アイキャッチ和尚と考える終活27:葬儀とは【2】~葬儀を出す人、出される人